私にあった頑なな思考
私は一度「やる」と決めたら、貫き通すところがあって、それがいいところでもあり不器用なところでもあるんです。

不器用なところとは、一度決めたことは「やらねばならない」というモードになってしまって、自分で自分を追い込んじゃうこと。
自分を追い込みすぎると、自分にとって本当に大切なことが見えなくなってしまうんです。
過去の私はこうすべき、こうあるべきという思考がめちゃめちゃ強かったので、いつも自分で自分の首をしめていたんですよね。
決して悪い思考ではないんですが、自分の大切なことを見失うほどになってしまうと、それは執着へと変わってしまうんですよね。
あとは、この思考ってイライラや怒りの原因にもなるんです。

自分の中にある「こうあるべき」は、自分の価値観や考え方なので他人と必ずしも一緒ではないものです。

分かりやすく例えるなら、もし自分の中に時間は守るべきという強いべき思考があったとしましょう。



そこで、目の前に時間を守らない人が現れたとき「なんで時間を守れないの、ありえない!」という感じでイライラしたり、ときに怒りとなり相手にその怒りをぶつけてしまうことだってあるわけです。
過去の私は「こうあるべき」という自分の中の正義に心を支配されていました。
目の前の人との思考のギャップに「なんでできないんだろう」「なんでわからないんだろう」とイライラすることも多かったです。
教育や常識から刷り込まれた「正しい=正義」を振りかざしていたんですね。
今ではその思考はすっかり手放せたので、当時の自分を振り返ると「さぞかししんどかっただろうな」と感じます。
こだわりや譲れない価値観が多ければ多いほど、イライラや怒りの種も増えてしまうんですよね。
この思考って、自分自身に厳しくて甘えを許さない!という傾向があるかもしれませんね。
過去の私は自分で言うのもなんですが、超超真面目で頑張りやだったので、思いっきりこの思考に縛られてたんだと思います。
もし、私もあるあるその思考!って思ったら、ぜひ深呼吸してこの言葉をつぶやいてみて
「まっいっか!」


頑張り屋さんほど「まっいっか」「なんとかなる」「いい加減」って、なかなか思えないものですよね。
「ちゃんとしなきゃ、頑張らなきゃ」そんな氣持ちの裏で、知らず知らずにストレスをためて、心もカラダも辛くなってしまう・・・そんな状況、よーくわかります。
だからこそ、私にとって「心配するな、なんとかなる」という言葉は、本当に救いだったのかもしれません。
真面目すぎず、熱くなりすぎず、強がらず、意地を張らずに、「まっいっか」と口に出してみるだけで、肩の荷がふっとおりて、心がラクになるんですよね。
言葉には、氣持ちをリセットするチカラもあるんです!
たったひとつの言葉で、自分の中で一区切りつけられて、心がほっと軽くなる・・・そんな瞬間が、私にとって何より大切です。


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